安倍昭恵さん不妊治療の末に「子どもを持たない人生」を選択

安倍昭恵

8月1日発売のアエラ8月8日号で安倍晋三首相の妻である安倍昭恵さんが単独インタビューに応じています。

その中で、不妊治療を行った過去、養子を迎えることについても話し合ったことを明らかにされました。

安倍昭恵さんが子どもを持たない人生について語る

昭恵さんが安倍首相とご結婚されたのは24歳の時だったそうです。

ご結婚されたとき、安倍首相は3年間の会社員生活の後、父親晋太郎氏の下で秘書官等を務めておられました。既に政界の道をすすんでおられた当時、周りからはご子息誕生の期待がかかります。

しかし

「子どもは自然にできるだろう」とのんびり構えていたが、そうはならなかった。

安倍首相は言わずと知れた政治家一族のお生まれ。
父親は安倍晋太郎氏(外務大臣)、祖父は安倍寛氏(衆議院議員)、曾祖伯父は安倍慎太郎(山口県議)(安倍寛氏は養子)と著名な政治家が名を連ねます。

昭恵さんにかかるプレッシャーは相当なものだったことが容易に想像できます。

インタビュー中、
不妊治療の話になると言葉を詰まらせ、涙ながらに過去を振り返られたそうです。

「嫁として失格だ」
「ワシが教えにいっちゃる」

今ではこういうひどいことを言う人も減ったと思いますが、当時はまだまだセクハラも、モラハラも当たり前の時代。

あちらこちらで批判の言葉を受けたようです。

そして、

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養子を迎える選択も

安倍首相と養子を迎える選択肢についても話し合われたということです。

しかし、

「そこまでする必要があるのかなと。養子をもらって、その子1人にすべてを捧げるより、もしかしたら違うことをやるべきなのかもしれない、と思った」

と語られています。

また、2006年10月12日にBBCのインタビューで

“I think it is all fate and I have to accept it – the fact that I married a politician, that he became prime minister and that we were not blessed with children,”

と応えておられます。

全て運命。
目の前の事実を受け入れる。

辛い不妊治療を乗り越え、ご自分なりに導き出された言葉なのでしょう。

昭恵さんの力強い決意が感じられます。

そして。昭恵さんはすでにご自分の役目を見出して活動されておられました。

ミャンマーでの寺子屋づくりを支援し、バングラデシュでは女子大設立に尽力した。いまは、

「困難な状況にいる子どもにとって生きていく希望になる」

子どもはできなかったけれど、子どもの未来を作ることに尽力されていました。

そこに惟りつくまでの道のりは容易ではなかったはずです。

子どもができないことでいつまでも不妊治療を続ける女性は本当に多いです。

野田聖子氏が代理出産で世間を騒がせたこともありましたね。

代理出産が良い悪いかは私にはわかりませんが、言えることは、不妊治療は引き際が非常に難しいと言うこと。

しかし、昭恵さんは決断されました。
辛い辛い決断だったと思います。

子どもを持たない人生

「子どもを持たない人生」に考え方を切り替えられました。

昭恵さんは、

違うことをやるべきなのかもしれない

子供がいなくても、自分にできることを考えて行動されています。

ファーストレディーとしては空気が読めないなどと揶揄されることもある昭恵さんですが、
周りに流されず、自分の信念をもって行動されているお姿はとても『かっこいい』

『強く賢く自立した女性』

多くの問題を常に抱える安倍首相も、前を向いて強く生きる昭恵さんがそばにいるからこそ頑張れるのかな。と感じました。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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