難民選手団のユスラ・マルディニ競泳選手 海を泳ぎシリアから脱出

ユスラ・マルディニ

リオネジャネイロオリンピックで初めて設けた『難民五輪選手団』の中に、ひときわ目を引く美人アスリートがいます。

ユスラ・マルディニ競泳選手です。

難民五輪選手団とは?マルディニ選手が自国を離れてオリンピック選手になったいきさつについて調べてみました。

ユスラ・マルディニ

難民選手団のユスラ・マルディニ選手について

ユスラ・マルディニ

国籍:シリア
年齢:18歳
出場種目:競泳女子100メートルバタフライ(8月6日)

スポンサーリンク

シリアからドイツへ

昨年8月にアサド政権と反体制派の内線が激化する中、姉とともにダマスカスを逃れることを決意します。

トルコからギリシャに渡るゴムボートは定員オーバーのすし詰め状態でした。
ボートはエンジントラブルを起こし、動かなくなってしまいます。

マルディニ選手と姉たちはエーゲ海に入り、レスボス島に着くまでの3時間以上、暗く冷たい海の中をボートを押して泳ぎました。

ドイツでは難民として暖かく迎え入れてもらえました。

そして、元々シリアを体表とする水泳選手だったマルディニは水泳クラブに向かいます。

「水着も何もなかった。でも『水泳選手です』と言ったら全てを用意してくれた」

ドイツは人道支援に対し極めて積極的です。
シリア難民に向けられた支援体制もしっかりと構築されていました。

そして、昨年10月、IOCが増加する難民にオリンピック出場を認める方針を決定しました。

難民五輪選手団

IOCが初めて結成。
トップレベルの力を持ちながら、練習環境のない選手の活動支援のため200万ドル(約2億2千万円)の特別基金を設立しました。
43名の難民選手が支援を受けて五輪を目指し、10名がリオオリンピックの出場資格を与えられました。

五輪旗を掲げて入場

 

難民五輪選手団はユニホームをそろえ、IOCがコーチや技術スタッフを支援する。開会式は最後に登場する開催国ブラジルの前に、五輪旗を掲げて入場する予定。表彰式では国旗と国歌に代わり、五輪旗と五輪賛歌を使う。

開会式では五輪旗を手にする笑顔のマルディニ選手をみることができました。

ユスラ・マルディニ 入場

ユスラ・マルディニ 開会式

ユスラ・マルディニ選手の思い

「ここにいることを誇りに思う。多くの人から支援をもらった。私たちの挑戦が全ての人を前向きにさせ、それぞれの夢を追い続ける力となってほしい」

「オリンピックはすべての選手にとって夢の舞台で、世界中の難民に『夢はかなえられる』と伝えたい。一生懸命練習に取り組めば、4年後の東京ではメダルが取れるかもしれない」

「リオが終われば、もっと練習して2020年東京五輪ではメダルを狙う」。

まとめ

内戦から逃れるために自国を離れ、練習環境も一変しました。

しかし、マルディニ選手は諦めずにオリンピックを目指し、見事出場の切符を手に入れることが出来ました。

キュートな笑顔の裏に悲しい経験があることを皆が知っています。

6日の開会式では、難民五輪選手団の入場の際にひときわ大きな歓声がおきました。

皆がマルディニ選手を、難民五輪選手団を応援しています。

ユスラ・マルディニ

ユスラ・マルディニ

オリンピックは単にスポーツを楽しむだけでなく、トップアスリートたちの心の中に触れた時に大きな感動を呼ぶように思います。

選手達の表情を見ているだけでこちらも緊張し、歯を食いしばり、そして涙します。

ドキドキワクワクの20日間がスタートしましたね。

この夏一番の感動を世界中のみんなと一緒に味わいたいと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

あなたに届けるピンフルエンサー!

ちょっと気になったので↓

おまけ:ドイツはなぜ難民を受け入れる?

ドイツはもともと人権を重視する国であり、人道支援に対して極めて積極的です。シリア難民に対しても人道的観点から積極的に受け入れているとみなすこともできますが、理由はそれだけではないでしょう。ドイツが難民に対して寛容なのは経済的メリットが大きいからです。

ドイツでは、難民支援に財政支出を行うことは、短期的にも長期的にも効果があると判断しているようです。短期的には難民に給付した支援金がそのままGDPの拡大につながり、長期的には難民に対する職業教育が今後のドイツの産業と成長を担うという仕組みです。

ふーん。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

SNSでもご購読できます。

カテゴリー

コメントを残す

*