ジェームス・テイラー、78歳の誕生日。アコースティックが教えてくれる「静かな真実」
2026年3月12日、ジェームス・テイラーが78歳になる
今日、3月12日はジェームス・テイラーの誕生日だ。1948年生まれだから、78歳になる。
ジェームス・テイラーを知らない人のために、少しだけ書いておく。70年代のアメリカで、キャロル・キングやジョニ・ミッチェルと並んで「シンガーソングライター」というジャンルを切り拓いた人物。アコースティック・ギター一本で、自分の内面を静かに歌った。派手なステージ・パフォーマンスとは無縁の、声とギターと言葉の人だ。代表曲は「Fire and Rain」「You’ve Got a Friend」あたりがよく挙がる。グラミー賞5回、ロックの殿堂入り。……数字で語れることはそのくらいだと思う。
けど、数字では語れないものがある。
私がジェームス・テイラーを初めて聴いたのは、大学2年の秋だった。誰かに勧められたわけではない。レコード屋の100円コーナーに『Sweet Baby James』が転がっていた。ジャケットの、寒そうな荒野に立つ男の写真。なんとなく手に取った。それだけだ。帰ってターンテーブルに載せて、A面の1曲目が鳴り出したとき……部屋の空気が変わった気がした。大げさに聞こえるかもしれないけど、本当にそうだった。暖房もつけていない六畳間が、急に温かくなったような。あの感覚は、たぶん30年経った今でも身体のどこかに残っている。
スリーフィンガーが描く、呼吸のような音楽
ジェームス・テイラーのギターの話をしたい。
彼の奏法は「スリーフィンガー・ピッキング」と呼ばれることが多い。右手の親指、人差し指、中指の3本で弦を弾く。フラットピックでジャカジャカ鳴らすのとはまるで違う。弦の一本一本に指が触れて、音が生まれる。その音の粒立ちが独特で、ぽろぽろと零れ落ちるような、雨粒が窓を伝うような質感がある。
テイラー自身は、カポタストを多用することでも知られている。ギターのネックに小さな器具を挟んで、開放弦のキーを上げる。これによって、通常のチューニングでは出せない独特の響きが生まれる。技術的にはそう説明できるんだけど、聴いているとそんな理屈はどうでもよくなる。ただ、心地いい。心地いいという言葉も、少し違うかもしれない。もっと深いところに来る。腹の底に、静かに沁みてくるような感触。
エレキギターが「増幅された叫び」だとすれば、テイラーのアコースティック・ギターは「増幅されない呟き」だと思う。電気を通さない。アンプを通さない。指と弦が直接触れ合って、木の箱が共鳴して、それが空気を震わせる。ただそれだけ。でも、「ただそれだけ」がどれほど得難いことか。
深夜にヘッドフォンで「Fire and Rain」を聴いていると、ギターの音の隙間に彼の呼吸が聞こえる気がする。指が弦を離れる瞬間の、ごくわずかな沈黙。あの沈黙が、たぶんこの音楽の核心にある。音と音のあいだの、何も鳴っていない時間。……私はときどき、その沈黙のところで息を止めている自分に気づく。
70年代の初め、ベトナム戦争が終わりに向かい、カウンターカルチャーの熱狂が醒めた後のアメリカで、テイラーの音楽は多くの若者に聴かれた。「癒し」という言葉が安くなってしまった今では、当時の空気を正確に想像するのは難しい。でも、大きな声で叫ぶことに疲れた人たちが、静かな声を必要としていたのだろうとは思う。テイラーの声は、叫ばない。囁くわけでもない。ただ、そこにいる人の隣で、同じ方向を向いて、ぽつりと話すような声。あの声の温度感を「優しい」と形容するのは簡単だけど、もう少し正確に言うなら「正直」な声だと思う。
テイラーの歌詞には、彼自身の精神科への入院経験や、ヘロインへの依存、友人の死が、驚くほど直接的に織り込まれている。「Fire and Rain」の冒頭、Just yesterday morning they let me know you were gone
というラインは、精神病院にいた頃に知人の死を告げられた実体験に基づいているとされる。1970年にこれを歌ったとき、彼は22歳だった。22歳の青年が、自分の傷をそのまま歌にして、何百万人の前に差し出した。
自分の弱さを隠さずに歌う。それが逆に、聴く者の弱さを肯定する。
これは後から誰かが付けた解釈だろうし、テイラー自身がそんなことを意図していたかどうかはわからない。でも、結果としてそうなった。彼の歌が「内省的なシンガーソングライター」のブームを牽引したと言われるのは、技術や声質だけの問題ではなくて、この「傷をそのまま見せる」という態度が、当時のアメリカで必要とされていたからだと思う。
少し話が逸れるかもしれないけど、テイラーの育った環境について触れておきたい。父親はノースカロライナ大学の医学部長、母親はクラシックを学んだソプラノ歌手。知的で文化的な家庭だ。しかしテイラーは17歳でマクレーン精神病院に自主入院している。端から見れば恵まれた環境の中で、なぜ。……まあ、人間の苦しみは外側からは測れない。恵まれた環境だからこそ、期待の重さに押しつぶされることもある。彼の音楽のどこかにある、静かな痛み。あれは、たぶんそういう場所から来ている。
海外、特にアメリカでの評価は日本とは少し温度が違う。テイラーは「アメリカの良心」とでも呼ぶべき存在として、世代を超えて敬愛されている。環境保護活動や政治的発言も積極的に行ってきた人だけど、そのスタンスは声高に叫ぶタイプではなく、やはり静かだ。増幅されない生の声で、言うべきことを言う。その姿勢が、アコースティック・ギター一本で歌い続ける音楽そのものと重なる。
1980年代以降は、いわゆるAOR――アルバム・オリエンテッド・ロックの文脈で、より洗練されたサウンドへと移行していった。でも根幹は変わらない。声とギターがある。内省がある。正直さがある。2000年にロックンロールの殿堂入りを果たし、グラミー賞を5回受け取り、全米芸術勲章まで授与されている。数字では語れないと書いたけど、これらの記録は「ずっとそこにいた」ことの証明としては、意味があるのかもしれない。
「Carolina in My Mind」という曲がある。故郷ノースカロライナへの郷愁を歌った曲で、テイラーの初期の代表作のひとつだ。この曲を聴くと、私はなぜか自分の故郷のことを思い出す。ノースカロライナに行ったことはない。テイラーの故郷と私の故郷は何の関係もない。でも、帰りたい場所がある、という感覚だけは同じだ。音楽が不思議なのは、具体的な固有名詞が、聴き手の中で別の風景に変換されることだと思う。テイラーのCarolinaは、私にとっては別の場所になる。でも、そこに流れている感情の温度は、たぶん同じだ。
78歳の誕生日に、深夜の六畳間で
78歳。私より28歳年上だ。テイラーは今も歌っている。近年はアーカイブ・シリーズとして過去の音源を丁寧に掘り起こし、リリースを続けているらしい。50年以上のキャリアを振り返る作業。それは懐古ではなくて、時間の中で自分が何を残してきたかを確認する行為なのだろう。
……まあ、似たようなことを、規模はまるで違うけど、私もしているのかもしれない。深夜に誰に頼まれたわけでもなく文章を書いて、自分が何を聴いてきたかを記録している。記録しておかないと消えてしまうから。記憶は薄れる。身体の反応も鈍くなる。あの大学2年の秋に感じた、部屋の空気が変わるような体験を、もう一度味わえるかどうかはわからない。
でも、レコードに針を落とせば、スリーフィンガーの粒立った音が鳴る。あの指と弦の接触から生まれる、増幅されない音。50年前も、今夜も、同じ音が鳴る。それだけのことが、どれほど心強いか。
ジェームス・テイラー、78歳の誕生日。たぶん、今日もどこかでギターを弾いているだろう。私は今夜も、六畳間でそれを聴いている……。