金聖響という指揮者のこと——才能と、その裏側にあるもの

金聖響(キム・ソンヒョン)という名前を聞いて、何を思い浮かべるだろう。
クラシック音楽を聴く人なら、2000年代に颯爽と現れた若き指揮者の姿かもしれない。あるいは、週刊誌の見出しに踊った金銭トラブルや離婚の文字かもしれない。

1970年、京都生まれ。在日コリアン三世。慶應義塾大学の哲学科を出て、ウィーンで指揮を学んだ。
1999年、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。神奈川フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務め、ベートーヴェンの交響曲全集を録音した。
……それだけ書けば、華やかな経歴に見える。

けれど、今の金聖響の名前を検索すると、出てくるのは再婚相手のこと、元妻との金銭トラブルのこと、そして主要オーケストラとの関係が途絶えたらしいという、どこか寂しい現在地のことだ。

私は彼の熱心なファンだったわけではない。
ただ、2000年代の半ば、彼が振ったベートーヴェンの7番をFMで聴いたことがある。あの時の、身体の芯が揺さぶられるような感覚は覚えている。テンポが速かった。古楽的なアプローチだと後から知った。でもそんな分類はどうでもよくて、ただ、音楽が前に進もうとする力を感じた。指揮者の名前を確認して、「金聖響」と読めなくて、調べた。そういう出会いだった。

才能のある人間が、才能とは無関係のところで躓く。
よくある話だ。よくある話だけど、そのたびに私は少し息が詰まる。

哲学科を出た指揮者が、楽譜の向こうに見ていたもの

金聖響の経歴で、私がずっと引っかかっていたのは慶應の哲学科という部分だ。
音大ではない。藝大でもない。哲学。

哲学を学んだ人間が指揮台に立つというのは、考えてみれば奇妙なことだ。指揮というのは、極めて身体的な行為でもある。腕を振る。呼吸を合わせる。何十人もの人間を、言葉ではなく身振りで導く。そこに哲学が何の役に立つのかと、普通は思う。

でも、たぶん、役に立つとか立たないとかの話ではないのだと思う。
楽譜を「読む」という行為は、テキストを解釈する行為だ。ベートーヴェンが書いた音符の並びは、200年前から変わらない。でも、それをどう音にするかは、指揮者の「読み」にかかっている。哲学科で解釈の問題に触れた人間が、楽譜の前に立ったとき、何を感じるか。……そこには、ただ音楽だけを学んだ人間とは違う回路が開いていたのかもしれない。

金聖響のベートーヴェン交響曲全集は、2000年代初頭に録音された。
ピリオド奏法——古楽の奏法を現代のオーケストラに持ち込むアプローチを採用していて、当時としてはかなり攻めた解釈だった。テンポは速く、響きは軽い。重厚長大なドイツ的ベートーヴェンとは対極にある。

正直に言えば、全曲が成功していたとは思わない。
3番「英雄」は少し前のめりすぎたし、9番は器が足りないと感じた瞬間もあった。けれど、5番の第4楽章で、フィナーレに突入する瞬間——あの、暗闇から光へ抜け出すような箇所で、私は椅子の背もたれに身体を押しつけられるような感覚を味わった。物理的に。CDを聴いていただけなのに。
そういうことができる指揮者だった。少なくとも、あの頃は。

指揮棒を持たないスタイルも特徴的だった。素手で振る。身体全体で音楽と対話する。奏者に指示を出すというより、共に音の中に入っていくような振り方。
それを「カリスマ」と呼ぶ人もいたし、「自己陶酔」と呼ぶ人もいた。たぶん、どちらも間違っていない。

在日コリアン三世として、日本のクラシック音楽界に立つということ。
それがどういう重さを持つのか、私には本当のところはわからない。わからないけれど、彼がインタビューで時折見せた、どこか所在なさげな表情——笑っているのに目だけが笑っていない、あの感じ——は、何かを物語っていたように思う。音楽の中にいる時だけ、彼は完全に自由だったのかもしれない。あるいは、音楽の中にいる時だけ、「どこにも属さない自分」を肯定できたのかもしれない。

それは推測だ。けれど、彼の音楽を聴いていると、そういう推測をしたくなる。

金銭トラブル、再婚、そして指揮台から遠ざかるということ

金聖響の名前が音楽欄ではなくゴシップ欄に載るようになったのは、2010年代に入ってからだと思う。

元妻との間の金銭トラブル。演奏契約に関するギャランティの問題。個人的な借財。
断片的な報道が、いくつも出た。クラシック音楽の世界は狭い。業界内では「知る人ぞ知る」話だったものが、表に出始めた。

私はこういう話を、積極的に追いかけるタイプではない。
ただ、まったく無視もできなかった。それは、彼の音楽に少しでも触れたことのある人間として、「ああ、やはり」とも「まさか」とも違う、もっと曖昧な感情だった。がっかりした、というのとも違う。何と言えばいいのか……「知りたくなかった」に近い

2014年頃から活動が目に見えて減り、事実上の休止状態に入った。病気もあったと聞く。
その後、復帰はしたものの、かつてのように主要オーケストラのポストに就くことはなくなった。フリーランス的な活動が続いているらしい。

再婚したという情報もある。再婚相手がどういう人物なのか、詳しいことは公にされていない。
ただ、復帰後の彼が以前より穏やかな印象を与えるようになったという話は、何人かの音楽関係者のブログや発言で見かけた。再婚による私生活の安定が、精神的な支えになっているのかもしれない。これも推測でしかないけれど。

才能と人間性は別のものだ。
……と、よく言われる。作品と作家を分けて考えるべきだ、とも。哲学的にはそういう議論があって、金聖響自身が学んだであろう領域の問題でもある。皮肉な話だ。

でも、私はこの「分離」をそんなに簡単には受け入れられない。
指揮者という存在は、作曲家と違って、作品を残さない。録音は残る。けれど、指揮者の本質は「その場にいること」だ。オーケストラの前に立ち、奏者と聴衆の間に立ち、音楽を「今、ここ」に立ち上がらせること。それは身体と人格を通じてしか行えない。
だから、その人格に瑕疵があったとき、聴く側は困る。音楽そのものは美しい。でも、その美しさを生み出した人間が、日常の場面では約束を守れなかったり、金を返さなかったりする。

指揮台の上での権威と、日常における脆さが、同じ人間の中に共存している。

これは金聖響だけの問題ではない。カラヤンにもバーンスタインにも、私生活の暗部はあった。歴史上の偉大な音楽家たちの多くが、人間としては相当に問題を抱えていた。
でも、「よくある話」で片づけたくはない。少なくとも、私は。

金聖響が指揮台で見せたあの集中力——全身が音楽に変換されるような瞬間——を知っている人間は、その裏側にあった混乱を想像すると、胸のあたりが重くなる。才能が人を救わないことがある。才能があるがゆえに、周囲が問題を見て見ぬふりをすることもある。そして気づいたときには、指揮台に立てる場所が、少しずつ減っている。

2016年に復帰してからの金聖響の音楽は、以前とは違うらしい。
情熱は残っているけれど、そこに静けさが加わったと。音と音の間にある沈黙を、以前よりずっと大切にするようになったと。
それを「深化」と呼ぶ人もいる。「枯れた」と感じる人もいるかもしれない。

私はまだ、復帰後の彼の実演を聴いていない。聴きたいとは思う。
ただ、正直に言えば、少し怖い。あの、身体を椅子に押しつけられるような衝撃が、もう一度あるのかどうか。あるいは、衝撃はなくても、別の何かがあるのかどうか。

人は変わる。音楽も変わる。
50年生きてきて、変わらないものなど何もないと知っている。変わること自体は悪いことではない。ただ、変わり方が……選べない場合がある。自分で選んだ変化と、状況に追い込まれた変化は違う。金聖響の場合、それがどちらなのか、外からはわからない。

深夜にヘッドフォンをつけて、彼が振ったベートーヴェンの5番を久しぶりに聴いた。
CDは棚の奥にあった。少し埃をかぶっていた。

第1楽章の冒頭、あの有名な4つの音が鳴った瞬間、背筋がすっと伸びた。
速い。やはり速い。でも、その速さの中に、何かを振り切ろうとするような切迫感がある。追いかけている。あるいは、追いかけられている。
第4楽章に入る直前の、暗闇の中のティンパニの鼓動。息を止めていた。文字通り。

音楽は、この瞬間、確かにここにあった。
金聖響という人間の、金銭トラブルも離婚も再婚も、この音楽の前では消える。消えるのだけど、聴き終わった後に、また戻ってくる。消えないのだ、結局。
才能と人間性の乖離。そう簡単に名前をつけられるものではないかもしれない。乖離しているのではなく、地続きなのだ、たぶん。才能の根っこと、破綻の根っこは、同じ場所から生えている。

金聖響は今も指揮を続けているらしい。
かつてのような華やかなポストはなくても、音楽から完全に離れたわけではない。

それが救いなのかどうか、私にはわからない。
ただ、あの5番のフィナーレの光は、確かに本物だった。録音の中に閉じ込められた、ある時代の、ある瞬間の光。
CDを棚に戻す。埃を払って、元の場所に。

深夜2時。家族は寝ている。
ヘッドフォンを外すと、静寂が耳に痛い。さっきまで鳴っていたベートーヴェンの残響が、まだ頭の中にある。
フェードアウトしていくその音を、もう少しだけ追いかけていたい……