松本零士が生まれたのは1938年1月25日らしい。

私がその名前を初めて意識したのは、たぶん小学生の頃だ。テレビで「銀河鉄道999」が流れていた。ストーリーはよく覚えていない。ただ、あの汽車が宇宙を走るビジュアルだけが、妙に頭に残っている。

蒸気機関車が、星の海を行く。
冷静に考えれば、おかしな絵だ。宇宙に蒸気は必要ない。でも、あの矛盾した映像が、なぜか胸に刺さった。

……40年以上経って、ようやくその理由がわかった気がする。

松本零士の軌跡と「矛盾」の魅力

松本零士の本名は松本晟。福岡県久留米市の生まれだ。1953年にデビューし、1971年の「男おいどん」で注目を浴びた。そこから立て続けに代表作が生まれる。

  • 宇宙戦艦ヤマト
  • キャプテンハーロック
  • 銀河鉄道999

西洋のアニメ研究者たちは、松本零士を「手塚治虫に次ぐ重要人物」と位置づけているらしい。彼は19世紀のモチーフ——蒸気機関車、帆船、海賊の衣装、剣での決闘——を、未来のSF設定に持ち込んだ。あるブログにはこう記されていた。

未来的な宇宙空間にそうした要素があるのは完全に非現実的に見えるかもしれないが、松本のロマンチックな概念においては、それらは抑圧的な未来における人類の栄光ある過去の象徴として機能している

ノスタルジアと未来。
その両方を同時に喚起する。

私が子供の頃に感じた「胸に刺さる」感覚は、たぶんこれだったのだと思う。過去への郷愁と、未来への憧れ。その二つが、一枚の絵の中で衝突している。だから、心が揺れた。

父から受け継いだ「戦争への嫌悪」

松本零士の父親は、戦闘機のパイロットだったという。父は幼い息子に、戦争の危険と破壊について繰り返し語った。その経験が、作品全体に流れる反戦感情の源泉になった。

「銀河鉄道999」も「宇宙戦艦ヤマト」も、戦いの物語だ。でも、その根底には「戦争への嫌悪」がある。父から息子へ、言葉で伝えられた思想。それが、何十年も経ってから、アニメという形で世界中に届いた。

「銀河鉄道999」の着想源は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」だったらしい。機械の体を手に入れれば、永遠の命が得られる。でも、それは本当に幸福なのか。

星野鉄郎は、最終的に人間として生きる道を選んだ。

有限な時間の中でこそ、人は夢を抱き、生を謳歌できる。

……当時の私にはわからなかった。今なら、少しだけわかる気がする。50年生きてきて、体のあちこちが軋むようになって、ようやく。

世界を巡る「時の輪」

Daft Punkというフランスのミュージシャンがいる。彼らは松本零士を「childhood hero」と呼び、2003年に「Interstella 5555」というアニメ映画を作った。全額自費で制作されたこの作品は、松本自身がフランス映画に影響を受けていたという事実と相まって、興味深い「円環」を描いている。

学者のDarren-Jon Ashmoreは、松本作品のモチーフを次のように分析している。

  • Arcadia:理想化された、失われた青春の楽園
  • toki-no-wa(時の輪):歴史と運命の循環的な見方

松本零士は2023年2月13日に亡くなった。85歳。東京の病院で、急性心不全だったという。

消えゆくもの、残るもの

私は50歳になった。松本零士が「銀河鉄道999」を描いたのは39歳の頃だ。彼は2023年に85歳で亡くなった。

時間は流れる。人は消えていく。
でも、あの蒸気機関車は、まだ宇宙を走っている。

私の記憶の中で。
そして、たぶん、誰かの記憶の中でも。

フェードアウト。
消えゆくもの。
……でも、完全には消えない。

それが、物語の力なのだと思う。
松本零士が残したものは、時の輪の中で、まだ回り続けている。