きゃりーぱみゅぱみゅの誕生日に思う。母となり「毒」を増す、原宿カワイイの裏側と終わりなきファンタジー
1月29日。きゃりーぱみゅぱみゅの誕生日らしい。
1993年生まれだから、2026年の今日で33歳になる。私が彼女の存在を初めて知ったのは、たぶん2011年の秋頃だったと思う。当時、娘がまだ小学生で、リビングでテレビを見ていたら、突然画面に目玉が飛び出すような映像が流れてきた。娘は「何これ気持ち悪い」と言って笑っていた。私は何も言えなかった。ただ、画面から目が離せなかった。
きゃりーぱみゅぱみゅ。原宿のカワイイ文化を世界に広めた日本のポップアイコン。……そんなふうに説明されることが多い。でも、その説明は正しいけれど、何かが足りない気がする。彼女の音楽には、カワイイだけでは括れない、何か不穏なものがずっと潜んでいた。
口から目玉が飛び出す「カワイイ」
『PONPONPON』のミュージックビデオを改めて見返すと、背筋がぞわっとする。あの色彩の洪水。部屋中に散らばるおもちゃや肉塊のようなオブジェクト。そして、彼女の口から吐き出される大量の目玉。18歳の少女が、満面の笑みでそれをやっている。
彼女自身がインタビューで言っていた。「無名だったからできた」と。有名になった後では、あんな映像は作れなかっただろう、と。確かにそうかもしれない。でも私は、あの映像に込められた「毒」は、意図的なものだったと思っている。少なくとも、プロデューサーの中田ヤスタカと、アートディレクションを担った増田セバスチャンの中には、明確な計算があったはずだ。
カワイイと毒。この二つは、彼女の表現において常に対になっていた。
原宿の「デコラ」と呼ばれるファッションは、大量のヘアピンやアクセサリーで身体を覆い尽くす。それは一見すると無邪気な遊びに見える。でも、その過剰さには、どこか攻撃性が潜んでいる。「見てくれ」という叫び。「私はここにいる」という主張。そして同時に、「普通」という規範に対する静かな拒絶。
彼女が体現した「Kawaii」は、西洋的な「cute」とは違う。グロテスクさ、異様さ、人工性を内包している。目玉が飛び出し、脳みそのようなオブジェが転がり、それでも彼女は笑っている。その笑顔が怖い。怖いのに、目が離せない。
音の建築家が作った「おもちゃ箱」
中田ヤスタカの音は、聴くたびに発見がある。
彼の制作手法は、いわゆる「生音」を重視する音楽制作とは真逆だ。コンピューターの中だけで完結する。アナログの温かみを排除し、徹底的にデジタルな質感を追求する。その結果生まれる音は、冷たくて、硬くて、どこか人間離れしている。
『CANDY CANDY』や『にんじゃりばんばん』を深夜にヘッドフォンで聴くと、音圧に押しつぶされそうになる。低域が異常に太い。中域は詰め込まれすぎていて、息苦しいほどだ。でも、その息苦しさが癖になる。普通のJ-POPでは感じられない、身体への直接的な作用がある。
彼女の声も、中田の手にかかると「楽器」になる。ミリ秒単位で切り刻まれ、再配置され、ピッチを操作されて、もはや人間の声なのかどうかもわからなくなる。それが不気味かと言われれば、不気味だ。でも、その不気味さの中に、不思議な快感がある。
2020年代に入って、欧米で「ハイパーポップ」と呼ばれるジャンルが注目されるようになった。SOPHIEやCharli XCXといったアーティストが牽引したその音楽は、過剰にデジタルで、過剰にカワイくて、過剰にグロテスクだった。そして批評家たちは気づいた。きゃりーぱみゅぱみゅは、10年前からそれをやっていた、と。
「カワイイとトラウマ的な要素の融合」——SOPHIEとKPPの対談で語られたという、この言葉が頭から離れない。表面的な可愛らしさの下に、恐怖や不安を潜ませる。それは、原宿の少女たちが無意識にやっていたことなのかもしれない。過剰に着飾ることで、自分の不安を覆い隠す。あるいは、過剰さによって世界を攻撃する。
2023年、彼女はヨーロッパ最大級の音楽フェス「Primavera Sound」に出演した。現地のレポートによれば、観客は彼女の楽曲を全編にわたって合唱していたという。それは、「奇妙な日本」を見世物として消費する視線ではなかった。彼女の音楽を、エレクトロニック・ミュージックの正典として受容していた。
私はその映像を見ながら、少し泣きそうになった。まあ、50歳の男が深夜に一人で泣いても、誰も見ていないのだけれど。
母になった「ファンタジーの住人」
2024年、彼女は第一子を出産した。そして2025年10月、復帰公演「dreamin dreamin」が開催された。
その公演で、彼女は驚くべきことを明かした。妊娠初期に流産の診断を受けていたのだという。手術を受けるために病院を訪れた当日、直前の検査で胎児の心拍が確認された。奇跡だった。しかし、安定期に入るまでは常に不安と隣り合わせで、2023年夏のフェス出演も、その恐怖を抱えながら行っていた。
誰にも悟られないように。ファンタジーの住人であり続けるために。
公演のラスト、『おやすみ』という曲の終わりに、幕が下りた。そして会場に響いたのは、彼女の子供の産声だった。中田ヤスタカは、その産声をサンプリングして楽曲に組み込んだのだ。……私はその話を読んだとき、しばらく動けなかった。
彼女は言った。「きゃりーぱみゅぱみゅは二人組になりました(笑)」と。復帰シングルのビジュアルでは、子供を模した存在と共に登場した。辰年生まれの子供にちなんだドラゴンのヘッドドレス。子供が掴んで登れるようにボルダリングのパーツをあしらった衣装。
相変わらず、意味がわからない。でも、その意味のわからなさが、彼女らしい。育児とアーティスト活動を「融合」するのではなく、ファンタジーの中に取り込んでしまう。現実を、物語の一部にしてしまう。それは逃避なのかもしれない。でも、その逃避を全力で肯定する強さが、彼女にはある。
2025年10月31日にリリースされた『現実逃避』という曲。タイトルがすべてを物語っている。黒いリボンに全身を包まれた「シック・リボン・モンスター」という衣装。初期のパステルカラーとは正反対の、ゴシックな色彩。
逃げることは悪いことじゃない。エンターテインメントは、最高の逃避場所だ。……そんなメッセージが、聴こえてくる気がした。
記号の向こう側にあるもの
高校時代、彼女は「普通の女の子」だったらしい。原宿のファッションに出会って、初めて自分を表現できるようになった。
「原宿のファッションを発見して、内気な自分を脱ぎ捨てることができた。自分の考えを言えるようになった」
ファッションが、彼女を変えた。そして彼女は、そのファッションを世界に広めた。でも、原宿は変わった。コロナ禍で多くの店が閉まり、かつての熱気は薄れた。彼女自身も、そのことを憂いている。
でも、TikTokを見れば、世界中の若者たちが彼女の曲で踊っている。『チェリーボンボン』のビートは、ミームのテンプレートとして消費され、歌詞の意味など誰も気にしていない。それでいいのだと思う。音楽は、意味を剥ぎ取られても、身体を動かす力を持っている。
私は50歳で、会社員で、音楽業界とは何の縁もない。ただの聴き手だ。きゃりーぱみゅぱみゅの音楽を「好き」かと聞かれると、正直よくわからない。でも、彼女の存在は、私の中に何かを残している。
カワイイと毒。虚構と現実。逃避と肯定。
33歳になった彼女は、母になり、それでも「きゃりーぱみゅぱみゅ」であり続けることを選んだ。アンコールで、初期のトレードマークだった「うさ耳」を装着して現れたという。変わったけれど、変わらない。変わらないけれど、変わった。
……深夜2時。私はヘッドフォンを外して、レコード棚を眺める。彼女のCDは、たぶん持っていない。サブスクで聴いただけだ。でも、いつか買うかもしれない。物理的な形で、手元に置いておきたくなるかもしれない。
記憶は薄れる。音楽だけが残る。
誕生日おめでとう、とは言わない。でも、まだ続けてほしいとは思う。……