成田屋と不動明王——市川海老蔵の信仰について、深夜に考えたこと

市川海老蔵、いや、十三代目市川團十郎白猿。
この人の名前を書くとき、どちらで呼ぶべきか毎回少し迷う。けど、たぶん本人にとってはどちらでも同じことなのだろう。名前が変わっても、背負っているものは変わらない。むしろ重くなっただけだ。

「市川海老蔵 宗教」「市川海老蔵 信仰」——こういう検索ワードが出てくるのは知っている。何かの新興宗教にハマっているのか、みたいな下世話な興味も混じっているんだろう。でも、この人の信仰の話を追っていくと、そういう俗っぽい地平とはまったく違う景色が見えてくる。

市川家の信仰の中心は、成田山新勝寺の不動明王だ。屋号「成田屋」の由来そのものがここにある。江戸時代の中期、二代目市川團十郎が子宝に恵まれず、成田山に祈願したところ男子を授かった。その感謝と帰依から、不動明王を題材にした芝居を打ち、以来三百年以上、市川家と成田山は切っても切れない関係にある。檀家というより、もっと深い。守護神と、その加護を受ける一族。そういう関係だと思う。

だから「市川海老蔵 宗教 どこ」という問いに対する答えは、明確にひとつ。真言宗智山派の大本山、成田山新勝寺。それ以上でも以下でもない。

不動明王が荒事に宿るとき

私は歌舞伎に詳しいわけではない。年に一度か二度、思い立ったときに観に行く程度の人間だ。でも、一度だけ、海老蔵の「にらみ」を生で見たことがある。

息が止まった。

比喩ではなく、本当に呼吸を忘れた。舞台の上で、あの大きな目がぐっと寄って、客席をまっすぐ射抜いた瞬間、空気が変わった。劇場全体が一瞬だけ真空になったような感覚。隣に座っていた知らないおばさんが、小さく「ひっ」と声を漏らしたのを覚えている。

あとで調べて知ったのだけど、「にらみ」というのは不動明王の忿怒の視線を模したものらしい。観客の邪気を払う、一種の祈祷のような機能を持っていたという。團十郎自身も「恐れさせるためではなく、見ている人の邪気を払うためのもの」と語っている。

つまり、歌舞伎の舞台の上で、あの人は演技をしているだけではない。祈っている。少なくとも、祈りの型を身体に通している。荒事というスタイルそのものが、不動明王の化身が人間の肉体に降りてくるという宗教的な所作を世俗化したものだと言われている。激しく動き、そして一瞬で静止する。「動かざるもの」でありながら「烈火の如く動く」。不動明王の本質と荒事の構造が、ぴたりと重なる。

私は音楽畑の人間だから、歌舞伎の型について偉そうなことは言えない。でも、音楽にも似たものがあると思う。ブルースの12小節には祈りがある。ゴスペルのシャウトには神が降りる瞬間がある。形式と信仰が不可分に結びついている表現というのは、ジャンルを超えてどこかで通じている気がする。

市川家にとって、信仰は「個人的な心の拠り所」という現代的な意味での宗教とは、少し違うものなのだろうと思う。それは芸そのものの中に埋め込まれている。型を稽古することが修行であり、舞台に立つことが奉納であり、名跡を継ぐことが霊的な連続性の中に身を置くことになる。信仰と芸が分離していない。そこが、外から見ると分かりにくいところであり、同時にこの家の凄みでもある。

「團十郎」という名前は、三百年以上前の初代から受け継がれてきた。個人の名前というよりは、ある種の器だ。名前の方が先にあって、それを継ぐ人間がその器に自分を注ぎ込む。折口信夫が言うところの「依代(よりしろ)」——神霊が宿る器。名跡とはまさにそういうものなのだろう。

名を継いだ瞬間、一人の人間は個人的な自己の一部を手放し、より大きな歴史的存在の器となる。

こういう構造を、現代の個人主義の中で引き受けるのは、想像を超える重圧だろう。自分が自分であることと、三百年の歴史の器であること。その二つを同時に生きなければならない。

小林麻央さんの闘病と死について、私がここで多くを書くのは控えたい。あまりにも多くの言葉がすでに費やされたし、当事者でもない人間が軽々しく触れていい領域ではないと思うから。

ただ、ひとつだけ。

麻央さんが亡くなった2017年の後、海老蔵が舞台に立ち続けたこと。休まなかったこと。それを「プロ根性」とか「強さ」と呼ぶ人がいたけれど、私にはもう少し違うものに見えた。あの人にとって舞台に立つことは、仕事ではなく祈りの延長だったのではないかと思う。成田山の不動明王に向かうのと同じ姿勢で、舞台に立っていたのではないか。

2017年以降の助六や弁慶の映像を見ると、それ以前とは明らかに何かが違う。何が違うのか、言葉にするのは難しい。技術が変わったわけではない。でも、身体から出ている気配が違う。背骨の奥のほうに、以前はなかった暗い光がある。悲しみとも覚悟とも違う、もっと根源的な何か。生と死の境目を一度見てしまった人間だけが持つ密度のようなもの。

……腕に鳥肌が立ったのを覚えている。真冬でもないのに。

父である十二代目團十郎も、2013年に亡くなっている。66歳。白血病だった。團十郎を継ぐ前に、まだ教わりたいことが山ほどあっただろう。その断絶の痛みは、息子にしかわからない。

父を失い、妻を失い、それでも舞台に立ち、名跡を継いだ。2022年の襲名披露。あの日、テレビの中継を見ていた私は、華やかさの裏にある途方もない孤独を想像して、少し座っていられなくなった。

不動明王というのは、炎を背負っている。燃え盛る火焔を背にして、微動だにしない。動かないことで、周囲のすべてを守る。あの襲名披露の舞台で、十三代目はまさにそういう存在に見えた。火焔の中に立つ人。

深夜の部屋で思うこと

私は信仰を持たない人間だ。寺に初詣に行く程度の、典型的な日本人。でも、市川家の不動信仰の話を追っていくと、信仰というものの本来の手触りのようなものに少しだけ近づける気がする。

信仰とは、心の安らぎとか、救いとか、そういうふわっとしたものではなくて、もっと即物的で、身体的で、生活と芸と死に直結したもの。市川家にとっての不動明王は、困ったときに頼る存在というよりは、毎日の稽古の中に、舞台の型の中に、家族の名前の中に、すでにいる存在なのだと思う。分離できないほど深く、生の構造そのものに組み込まれている。

歌舞伎を観るたびに思うことがある。あの舞台の上には、今この瞬間だけでなく、三百年分の時間が積もっている。目の前の役者の身体を通して、とっくに死んだ人間たちの身体が透けて見える。そういう不思議な感覚。音楽で言えば、ブルースマンがギターを弾くときに、ロバート・ジョンソンの指が重なって見えるような……いや、ちょっと違うか。でも、似ている。

深夜、ヘッドフォンを外して、この文章を書いている。レコードはもう止まっている。針が内周で空回りする、あのかすかなノイズだけが聞こえる。

市川海老蔵という人は、消えない。それだけは確かだ。名前が変わっても、時代が変わっても、あの「にらみ」の一瞬に込められたものは、見た者の身体に残り続ける。不動明王の火焔のように。

……私のような人間が残すものは、せいぜいこんな文章くらいだけど。