新田真剣佑が「太った」と言われること——あるいは、身体を差し出すということについて

新田真剣佑の体型が変わった、という話を目にするようになったのは、たぶん2022年の後半あたりからだと思う。Netflix『ONE PIECE』実写版のゾロ役が発表されて、トレーニング中の写真がSNSに出回り始めた頃だ。

「太った」と検索する人がいるらしい。
まあ、気持ちはわからなくもない。以前の真剣佑を知っている人にとって、あの線の細い、どこか危うい美しさを持っていた青年の印象が強いだろうから。『ちはやふる』の頃の彼を思い出す人も多いかもしれない。あの頃の彼は、風が吹いたら折れそうな……いや、折れはしないけど、揺れそうな、そういう佇まいだった。

結論から言えば、体型変化の主な要因はゾロ役のための役作り、つまり意図的な増量だと考えるのが妥当だ。筋肉量を大幅に増やすために高カロリーの食事と高強度のトレーニングを1年以上続けたことは、海外メディアのインタビューでも複数回言及されている。加えて、生活拠点をアメリカに移したことによる食環境の変化も、多少は影響しているだろう。ただ、「太った」という言葉が示唆するような、だらしない体重増加とは根本的に別の話だと、私は思う。

……それで、なぜ私がこの話を書くのかというと。
俳優が身体を変えるという行為に、ずっと心を動かされてきたからだ。音楽の話ではないけど、少しだけ付き合ってほしい。いや、付き合ってほしいとは言わない。ただ、書く。

身体を「差し出す」ということ——千葉真一の血と、ハリウッドの磁場

真剣佑の父親は千葉真一だ。
2021年に亡くなった。享年82歳。日本のアクション映画を語る上で避けて通れない人で、ハリウッドでは「Sonny Chiba」として、タランティーノに「世界最高のアクション俳優の一人」と呼ばれた人物だ。

千葉真一のアクションには、CGもワイヤーもなかった時代の凄みがある。深夜にYouTubeで古い映像を見ていると、ときどき息を止めている自分に気づく。あの人は身体そのもので語っていた。台詞の前に、拳が、足が、背筋が、すべてを物語っていた。

息子の真剣佑がその哲学を継いでいることは、複数のインタビューで本人が明言している。「父のように、自分の身体でキャラクターを体現したい」と。代役に頼らない。CGで誤魔化さない。これは信念の問題であって、見た目の問題ではない。

ゾロという役を考えてみる。
三刀流の剣士。人間離れした身体能力。原作の尾田栄一郎が描くあの肉体は、細身の美青年では成立しない。厚い胸板、太い首、張り出した肩。それを実写で説得力を持たせるためには、文字通り自分の身体を作り変える必要があった

撮影前の約1年間、真剣佑は増量と筋力強化に取り組んだとされている。正確な数値の公式発表はないけれど、ファンサイトやSNS上の写真比較では、2021年時点から5〜10kg程度の体重増加が推測されている。大部分は筋肉だ。ただ、筋肉量を増やすための増量期には体脂肪率も一時的に上がる。バルクアップと呼ばれる過程で、これは筋トレをやったことがある人なら誰でも知っている話だと思う。

つまり、ある時期の真剣佑の体型が「以前より大きく見えた」のは事実だろう。でもそれは、目的地に向かう途中の景色であって、終着点ではない。

増量という行為は、役という他者に自己を近づけるための身体的努力であって、「太った」という通俗的な表現では捉えきれない複雑な変容だ。

これは私の言葉ではなく、ある批評家の要約を借りたものだけど、本質を突いていると思う。

クリスチャン・ベールの話はよく引き合いに出される。『マシニスト』で30kg落とし、直後の『バットマン ビギンズ』で90kgまで戻した。ロバート・デ・ニーロは『レイジング・ブル』のために27kg増やした。ハリウッドには身体を極端に変えることで役への誠実さを証明する文化がある。メソッド演技の延長線上にある思想だ。

真剣佑がやったのは、まさにその系譜に連なることだと思う。しかも、彼の場合は少し事情が複雑だ。

ハリウッドにおけるアジア系男性俳優は、歴史的に「細身」「非力」というステレオタイプを押し付けられてきた。映画研究者のリチャード・フゥングが指摘してきたように、アジア系男性の身体はスクリーン上で「脱性化」されることが多かった。武道の達人として描かれる場合でも、それは「神秘的な東洋人」という枠の中に収められがちだった。

千葉真一はその壁を、圧倒的な身体能力で破った先駆者の一人だ。そして息子の真剣佑は、2023年の文脈で同じ壁に向き合っている。鍛え上げた肉体を提示すること。それは美意識の問題だけでなく、政治的な意味合いも帯びている。……いや、本人がそこまで意識しているかどうかはわからない。でも、結果としてそう機能しているのは確かだろう。

Netflix『ONE PIECE』が2023年に配信されたとき、海外の反応はかなり好意的だった。IGN、The Verge、Varietyといった主要メディアが真剣佑のゾロを「原作に最も忠実なキャスティングの一つ」と評した。筋肉に覆われた上半身で刀を振るう彼の姿を見たとき、私は画面の前で少し身を乗り出していた。かっこいいとか、そういう安い言葉ではなくて。ああ、この人は本当に身体を差し出したんだな、と思った。鳥肌が立った、と書くと大袈裟に聞こえるかもしれないが、実際に立った。腕の内側に、ぶわっと。

映画『聖闘士星矢 The Beginning』(2023年)でも、彼は主演を務めている。こちらは興行的には厳しかったようだが、身体的な準備に手を抜いていなかったことは映像を見れば明らかだ。結果がどうあれ、身体は嘘をつかない。

2017年の『パシフィック・リム:アップライジング』でハリウッドデビューしてから、もう8年近くになる。その間に彼の身体は変わり続けてきた。痩せたり、増やしたり。それを外から切り取って「太った」「痩せた」と言うのは自由だけれど、その変化の内側にある文脈——役への準備、父の哲学の継承、ハリウッドで生き残るための戦略——を知ると、見え方が変わってくる。少なくとも、私はそうだった。

ファンの心配もわかる。好きな人の姿が変わると、不安になる。私も昔、好きなミュージシャンが急に太ったとき、「大丈夫か」と思ったことがある。余計なお世話だと今ではわかるけど、当時はそう感じた。気にかけることと、土足で踏み込むことは違う。……たぶん。

変わるもの、変わらないもの

深夜にレコードを聴いていると、ときどき不思議な気分になる。
同じ曲なのに、聴くたびに違って聞こえる。こちらの体調、気分、年齢によって、音の受け取り方が変わる。曲自体は何も変わっていないのに。

人の身体も似たところがある。
真剣佑の身体は、彼が演じる役によって、彼が生きる環境によって、変わり続ける。それは自然なことだし、俳優にとってはむしろ必要なことだ。固定されたイメージに縛りつけておきたいという欲望は、見る側の都合でしかない。

千葉真一は82歳まで身体を鍛え続けた人だった。息子はその血を引いている。フィジカルに対する意識は、この親子において、たぶん常人が想像する以上に深い。「太った」のではなく、「変わった」のだ。そして、変わることは生きることそのものだと思う。

……まあ、こんなことを深夜にキーボードを叩きながら書いている50歳の経理部員の言葉に、どれほどの重みがあるかは知らない。でも書いておく。

真剣佑はまだ28歳だ。
彼の身体はこれからも変わるだろう。役のために、人生のために、何度でも。それを見届けることができるのは、同じ時代に生きている者の、ささやかな特権だと思う。

レコードの針が内周に達して、かすかなノイズだけが続いている。
そろそろ寝よう……。